Psersonal record of experiences

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2013.8.22

メトロに乗って。

ある、光。

「正義」とは一体なんだろう。

地下鉄に乗っていたら、景色のない窓に写る自分と目が合った。
最近なんとなくモヤモヤしている。
〝いまの自分は正しいのか?〟
〝誰かの気持ちを分かったつもりになっていないだろうか?〟
そんなことを気にし始めたのは幾つの頃からだろう。

成人式を終えて少し大人になった気分でいた頃
高校時代の同級生と街角でバッタリ会った。
偶然の出会いを喜び、その日は時間がなかったのでメールアドレスを交換して別れた。
後日、彼女からゆっくり会いたいと連絡がきた。

高校を卒業してから随分いろんなことがあった。
何から話そうかと心躍らせて待ち合わせ場所の喫茶店に行くと
同級生の隣に知らない女性が座っていた。
「紹介したくて友達も連れて来たの。」

彼女の話は、簡単に言うと新興宗教の勧誘だった。
隣に座っていた女性がこう言った。
「これを信じないなんて、非行に走る友達を放っておくのと一緒なの。」
その後にこう続いた。
「あなたを悪にしたくない。わたしにはあなたが分かるの。」

何を信じようが自由だから、あなたがそれを信じるなら私は何も思わない。
でも、あなたがそれを信じているように私は私自身を信じている。
確かそのようなことを言った気がする。

「正義と名乗るから悪ができるんだ。あなたが言う〝正義〟だって誰かから見たら〝悪〟かもしれない。
〝分かり合えない〟ことを理解することが〝分かる〟ことなんじゃないですか?」
ポカーンとする2人を見て
「気分が悪いので帰ります。」と
伝票を握って席を立ったことは今も覚えている。

その帰り道。
何気なく開いた手帳に
〝明日、久しぶりに話すこと〟と題して
この数年で起きた出来事が箇条書きに書かれていた。
「あんなことを言うつもりなんてなかったのに。」
と、それを眺めながら泣いた。

時々、あの時の2人は自分だったのではないかと思う時がある。
誰かに〝正義〟を振りかざしていなかっただろうか。
簡単に〝分かったつもり〟になったりしてはいなかっただろうか。

地下鉄の窓に映る自分が あの日の私に見えた。
窓に映った私からは、どう見えるのだろうか。

目の前にある事象は全て、自分の鏡なのだろう。
いいことも、嫌なこともきっと。

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comments

toole

2013年9月4日 at 9:51 PM

Reply

価値観をギューっと押し付けられるような窮屈さがありますね。

昔は何となく波長が合っていた友達も、そして”わたし”もおそらく変わった。
いや、僕だって変わるさ。
みんな変わるの。
それでいいんじゃないでしょうか。

この人とは重なってる部分が在ると思っていても、いつか見てみたら無くなっていた。
そういうことは往々にしてあるのかも。

変化を素直に受け入れられる自分になりたいですね。

    moko

    2013年10月19日 at 1:26 AM

    Reply

    そうですね。
    きっとあの頃は〝お互いが変わった〟という現実を受け止められなかったのだと思います。
    ふとあの頃の自分を振り返ってみると、随分ムリをしていたなぁ、、というか。
    トンガッていたなぁ、自分。と少し恥ずかしい気持ちになりました。
    何年かしたら、今の自分もそう思う対象になるのでしょうか。ふふふ。
    なんにせよ、年を重ねる毎に角が取れてまぁ〜るい人になりたいです。

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