Psersonal record of experiences

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2015.12.24

いまを残す。

ある、光。

家族が寝静まった深夜。
シンクに溜まった洗い物をしながら思い出したことがある。

専門学校に通い始めた頃。
暗室の授業で自分のプリントを焼きながら、お互いがどんな写真を撮るのか見せ合いっこしていた時だった。
「ねえ、阿部さんって本当にこんな風に見えてるの?世界は美しいだけ?」
その質問をしてきた彼は5つほど年が離れた、いつも本を読んでいる人だった。
私は彼と深く話したことはなかったものの、写真のことで声をかけてもらってとても嬉しかったのを覚えている。
「うん。そう見えているよ。」
彼が何を聞きたくてこの質問をしてきたのか当時のわたしにはよくわからなくて、この一言しか答えられなかった。
この頃は写真を撮ることがただ楽しくて、正直なことを言うと何も考えていなかったのだ。

いま振り返ると出汁の入っていない味噌汁のような写真を撮っていたと思う。
なぜ写真を撮るのか。自分が表現したいことはなんだろうかと悩むこと。
心の底に沈んでいる名前もない感情すら知らなかった。
良い言葉を使えば、無垢だったのかもしれない。

あれから数年。
わたしはよくも悪くも大人になった。
なぜ写真を撮るのか。自分が表現したいことはなんだろうかと悩んだ日もあった。
心の底に沈んでいた名前のなかった感情に出会い、向き合い。名前をつけたりできるようになった。
欲や嫉妬にまみれて、醜い自分を知った日もあった。

「もう〝知らない〟には戻れないんだ。」お皿の泡を流しながら、あの日を振り返りハッとした。
そう思うと当時の写真が光って見えるような気がする。
今なら。出汁の入っていない味噌汁を飲んで、かわいいなぁ。なんて思うかもしれない。
野菜の味がダイレクトだ!なんて、新しい発見もあるかもしれない。
でも、出汁の入っていない味噌汁を当時の気持ちのまま作ることはもうできない。

生きていくことは知ることだと思う。
自分の中に沈んでいる名前のない感情は、心が揺れる限り日々こんこんと湧き出てくるだろう。
知ってしまったら。知らない私にはもう、戻れない。
そんないまだって10年後の自分から見れば〝知らない〟人なのだ。
〝知らない〟ことを恐れない人でいたい。
それはつまり、知ることを楽しむことでもあると思うから。

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