Psersonal record of experiences

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2017.5.25

スーパーマンに憧れて

ある、光。

「年老いてもずっとこうして笑って 泣いて。いろんなことを感じ合いたいね。」

そんなことを笑いながら話していた友人が この世を去って49日が過ぎた。
突然やってきた親しい人との別れ。
〝かなしい〟とか〝さみしい〟とか。色んな気持ちがあった。
その気持ちを振り分けていくと、ひとつの大きな感情が見つかった。
それは〝ズルイ〟だった。

死を迎えた彼女に嫉妬している自分がいた。
これから訪れるであろう大切な人たちとの別れ。
自分の老後や、今後こどもを育てるにあたっての不安。
自分を取り巻く人間関係や、今後の暮らし。
ふと気がつけば、不安にまみれていた。
そこから抜け出した彼女を、少し羨ましく思うわたしがいたのだ。
「あぁ、わたし生きることが苦しいんだ。」
予期せぬ友人との別れは、自分の心の中にあった見えない感情に声を与えてくれたようだった。

きっと、スーパーマンに憧れていたんだろう。
元気で、笑顔で。いつも明るく 前向きで。人を助けられる人。
そんな強い人になりたかった。
でも、本当はそうじゃなかった。
生きてく不安に押し潰されそうな時だってある。
息子の寝顔を眺めて 無事に「おはよう」と目が覚めるのか不安になったり。
大好きな人たちが出かける姿を見送っては元気に帰ってくるのか不安になったり。
このまま楽しい暮らしが続くのか不安になったり。
そんな日もあるのだ。
そして、それはきっと至極当然のことで。そういう時があっていいのだ。

先日、息子と散歩をしていたら彼が突然立ち止まった。
「どうしたの?」と、目線を合わせようとかがむと、ぎゅっとわたしを抱きしめてこう言った。
「かか。えらい えらいね。」
道端で人目も憚らず泣いてしまった。
そうか、わたしはずっと誰かにこう言ってほしかった。
いつだって、褒めて欲しかったんだ。

息子の肩越しに見た、いつもより低い視線に映る見慣れた道は
夕焼けに反射して黄金色に輝いていた。
青々とした葉っぱは風に揺れて煌めいていた。
あんなに細かった腕は、いつの間にかわたしを抱き寄せる力がついていた。
夏の始まりの匂いと一緒に、息子の首元からは干したての布団のような香りがした。
ひとりの人が、確かにわたしを抱きしめてくれていた。
そして、光が 風が 色が。わたしを讃えてくれていた。

スーパーマンには、なれなくていい。
いつだって褒めてもらいたい自分でいい。
無理して笑わなくていい。繊細でいい。敏感でいい。
弱くていい。
もし、同じような気持ちを抱えて不安の最中にいる人がいたら。
その気持ちに立ち向かう強さを讃えられる人でありたい。
そっと隣に座れる人でありたい。
抱きしめて、一言「えらい えらいね。」と声をかけたい。
そして、大丈夫だと伝えたい。
すぐに会いに行けなくても。光になって 風になって 色になって。
わたしはあなたを讃えに行きたい。

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