Psersonal record of experiences

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2017.9.22

足るを知る。

ある、光。

「種があるからね。ここに ぺってしてね。」
黒紫色の皮をむいて、翠色に光る宝石みたいな果実を、息子が小さな口へ運ぶ。
〝あー、種ごと食べちゃうんだろうなぁ〟
そう思っていたら、彼は目の前に置かれたお皿に種を器用に出していた。
わたしは、美味しそうに葡萄を頬張る彼のために、せっせと皮をむき続けていた。
黒紫色した皮をむくとのぞく 翠色の果実がとても美しくて、
もぐもぐと上下する数字の「3」のような息子の横顔が愛しい。
ふと気がついたらわたしの食べる分がなくなっていた。

この夏。ここ一年半くらい悩み続けていた写真展を無事終えた。
搬入の日まで徹夜を繰り返し、悩み続けた。
自分の思いを言葉に出来たとき、ずっと紡ぎたかった気持ちが文章になったとき。机にむかってわんわん泣いた。
何が正解なのか わからない。
決して到達点ではないけど、それでもなにか自分の中で「出し切った」と思える瞬間だった。
文豪・谷崎潤一郎が執筆した「陰影礼讃」がテーマで、展示は谷崎潤一郎記念館で開催された。
〝谷崎氏へ写真で手紙を書こう〟そう思って何度も繰り返し陰影礼讃を読んだ。
彼が綴った陰影についての教科書は、私の世界を変えた。
暮らしは変わり続けるということ。
生あるものはやがて死を迎えるということ。
濃い陰の隣には、必ず強い光が寄り添うということ。
陰の中に浮かぶ景色が美しいということ。
いままでも、これからも。
そうして世界は続いてきて、これからも続いていくということ。

それを意識し始めると、手のひらの景色が突然広い世界に見えたり。
広く大きな景色が、指先ほどの世界に見えたりすることが増えてきた。

黒紫色の皮をめくるとのぞく、翠色に透ける果実。
「宇宙に浮かぶ惑星って、こんな感じなのかな。」
そう息子に呟くと、彼は器用に種を出しながらキョトンとして「おいしいね」と笑った。
いつのまにか、息子は果物の種を上手に出せるようになっていた。
いつのまにか、わたしはこどもの為にせっせと果物の皮をむくようになっていた。
知らないわたしたちが当たり前の暮らしの中にいた。
葡萄を頬張る息子の、キラキラした目に映り込んだ無数の翠色の果実は
それこそ空に散らばる星のように見えた。

なんて幸せなんだろう。
わたしは、こんなに豊かな暮らしを手にしていた。
愛する人たちに囲まれ、表現する場に恵まれ。
ささやかな暮らしの中に宇宙のような広がりを見つけることができて。
そうした発見を面白がってくれる人がそばに居た。

欲張ることをやめるというよりは、足りてることに気づいたのだ。
ふとした瞬間に〝足りない〟気持ちはきっとまた生まれるだろう。
それならそれでいい。
それでもいまは、いまあるものを大切にしたい。
きっと、わたしはそんなに沢山抱えきれないから。
会いたいと言ってくれる人や、そばにいたいと言ってくれるものを精一杯大切にしたい。
〝集める〟よりも〝気がついたらそばにいた〟くらいの方がいい。
それを叶えるために、空白ではなく余白を持っていたい。
愛する人や・ものが駆け寄ってきた時に いつでも両手で抱きしめられるように、いつだって手ぶらでいたい。
そして、耳のような人でありたい。
聞こえない声が響く空洞を持っていたい。

葡萄をたくさんむいたからなのか、なんなのか。
その晩、おへその中に世界が吸い込まれていく夢をみた。
からだの中にすっぽり入ってしまった世界。
「これじゃ、内側と外側がわからないよねぇ」と思ったところで目が覚めた。
伸びたり縮んだりしながら時間と空間を浮遊していく。
惑星と人間はもしかしたら似ているのかもしれない。
なんにせよ一番大切なことは「いい人生だ。」と常に言えることなのだと、そう思う。

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