Psersonal record of experiences

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2019.5.20

からあげ。

ある、光。

日記を22年間毎日つけている。
その日食べたものが思い出せるなら振り返って書いても良い。というルールを作って、13歳になったときから書き始めた。以来、なんとか毎日続いている。
“毎日続けられることをする”と、決めた時に。当時の自分が選んだことが、日々を記すことだったということは写真を撮っている現在と大きく関係しているような気がする。

日記を振り返ると、その日食べたものが書いてある。
友達と喧嘩した日、部活の試合で負けた日、恋人と別れた日、悲しい日。
そんな日に必ず、日記に書いてある食べものがある。
「からあげ」だ。
振り返って日記を読んで、びっくりした。
「あれ、わたし。からあげ好きなんじゃん。」
自分のことだからといって、知っていることはなかなか少ない。
過去を振り返ったときに記録を見て知ることはたくさんある。

小学校2年生の頃、「せんせいあのね」というプリントがあった。
それは、自分が感じたことを「せんせい、あのね。」と、担任の先生に教えるように文章を書く国語の授業のひとつだった。
実家でそのプリントを見つけた時、思わず泣いてしまった。
「せんせい、あのね。」から始まる8歳のわたしの文章は、寂しさと切なさと心細さがたどたどしい言葉で綴られていた。
“ねえせんせい。せんせい、あのね。わたしのこえだけ きこえないのかな?”と、締めくくられた鉛筆書きの文字の隣に、赤いペンで力強く、そして大きくこう書かれていた。
「あなたは、いいこです。」

“あなたは、いいこ。”
30代も半ばになったわたしが、8歳の頃のプリントを見つけて。そこに書かれた先生からの言葉に涙してしまった。
わんわん泣いてしまった。
いつだって、褒められたい。大人になったって、なんだって、きっとみんなそうだと思う。
8歳のわたしも、35歳の現在のわたしも。抱えている寂しさは変わらないのだと思う。
それは誰かに振り向いてもらいたいとか、そういう類のものではない。きっともっと大きな孤独なのかもしれない。

落ち込んだ時に、からあげを食べたくなるのはなんでだろう。
そう思ったときに浮かんだことは、子供のときのお祝いの食卓には必ずからあげがあったこと。
もしかしたら、からあげは母親からの「あなたはいいこ。」の象徴になっているのかもしれない。

落ち込んだ日、悲しい日、元気を出したい時。もちろん、そうじゃなくても。
いま、わたしはからあげを食べた日に日記に書く言葉がある。
「あなたは、いいこ。」
振り返って読んだときに、からあげとセットでこの言葉を見て いつかまた泣いてしまう日が来るかもしれない。
それなら、それでいい。
わたしはわたしに。そして、いつかわたしが死んでこの日記を目にした誰かに。
いや、もはや いまを生きる全員に伝えたい。

あなたは、いい子なのだ。と。

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