Psersonal record of experiences

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2020.1.11

砂浜に、蟹。

ある、光。

先日、知らない街を散歩をした。思えばこんな風に外へ出たのは久しぶりかもしれない。
その街の空気や気配を探りながら歩くのはとても楽しかった。目が深呼吸しているような気持ちになる。
ふと公園に立ち寄ったらそこに蟹の甲羅が落ちていた。
「…蟹?だよね?」「…蟹、だねぇ。」
突如現れた蟹の甲羅に、時空が歪んだような気がした。
この土地はかつて海だったのかもしれない。そこに住んでいた蟹が、長い時間をかけて現れたのかもしれない。
まさか、砂浜が公園になっているなんて思いもしなかったかもな。
蟹の甲羅を眺めながら、そんな違う時間軸の話を想像する。
もしかしたら、いま隣にいる人は前世で親友だったのかもしれない。はたまた、来世で夫婦になるかもしれない。
兄弟だったかもしれないし、親子かもしれないし、隣人かもしれない。
いつだってそんな「かもしれない」時間軸が自分の暮らしと並行して走っているような気がしている。
写真を撮るときはいつも、そのもう一つの時間軸を意識してシャッターを切るようにしていたことを思い出した。
あの世とこの世の間って、案外当たり前の顔をして日常の隙間に潜んでいるんだったな。
忙しくてすっかり忘れていた。
わたしは新手の妖怪になった気分で今年も写真を撮り歩きたい。新年に初心を思い出すことができるなんて最高だ。

年末年始は「池の水全部抜けました!」というような感覚になった。
信仰のようにこんこんと湧き出ていた水が干からびてしまったような、今まで信じて疑わなかった気持ちを疑うような。
そんな状況になった。
池の水が全部抜けたら、そこには見たことのない世界が広がっていた。
飼ったつもりのない生物が生まれ、捨てたつもりのない物が埋もれ、思っていたよりもうんと汚い池だった。
これからわたしは、その池の底で見つけたものたちに一つずつ、丁寧に物語を授けたい。
暮らしと並行して走っている別の時間軸から、そのものたちに相応しいエピソードを拾って紡ぐ。
それはまるで日本の昔話みたいだ。
ゆっくりと、時間をかけて、言葉を選んで。オートクチュールのドレスを作るように丁寧に捧げたい。

「漂えど、沈まず。棹ささず、逆らわず。」
年が明けて今年のスローガンはこの言葉にした。
身を任せ、決めつけることもせず、ただ漂いたい。岩にぶつかって怪我をしてもいいじゃないか。
削れて新しい形になるのもいいじゃないか。
その中で浮かんだイメージを、少しずつのんびりと記録しようと思っている。

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