ほうれん草とベーコンのバター炒め。

  • 2020.02.07

今日、初めてハノイで料理を作った。こちらに来て4日目の夜だ。
航空便がまだ来なくて、食器も調理用品もいろんなものが足りない。
「航空便が届いて必要なものが揃ってからでいいよ。」夫はそう言って外食できるお店を案内してくれる。
フォーもブンも、こちらで食べたご飯は全部おいしい。
だけど、息子があまりご飯を食べない。
「辛くないよ。おいしいよ。」そう言っても「匂いがちがう」と一言呟いて、頑なに食事を拒む。
これはそろそろ心配だな。そう思って、今日はスーパーで食器を買って自炊をした。
作ったメニューは
・レタスとほうれん草とベーコンのサラダ。
・ほうれん草とベーコンのバター炒め。
・日本から持ってきた讃岐うどん。

ほうれん草が好きなわけではない。
情けない話だけど、スーパーでわかった野菜がレタスとほうれん草と玉ねぎしかなかった。
玉ねぎは量り売りで、どうやって購入すればいいのかわからず他のお客さんが来るまで売り場の様子を観察してしまった。
シーザードレッシングだったらきっと大丈夫だろう、そう思って買ったドレッシングはなんだか甘くて不思議な味がした。
バターがよくわからなくて、ひとまず〝butter〟の単語があるものを購入した。
家に帰ってきて、IHの電源をいれる。
調理器具は、中くらいのお鍋がひとつ。包丁。小さいまな板。
玉ねぎの皮を剥いてくし切りに。ほうれん草もざっくり切って。ベーコンも一口サイズに。
お鍋にポトリとバターを落とす。
「有塩かな?無塩かな?これ、ほんとにバターかな?」
そう思って、ひとかけ口にする。
「あれ?限りなく味がマーガリンに似てない…?」そう思ったけど、まあいいかと玉ねぎとベーコンを炒める。
塩と胡椒をして、醤油っぽい調味料があったのでそれを少し垂らす。
なんの変哲もない、ほうれん草とベーコンのバター炒めができた。
「お腹すいた〜」と台所へやってきた息子に、できたてのバター炒めを味見させる。
「あー!かかの味だ〜!!!」そう言って、ひとりでばくばくと食べ始めた。

ほうれん草とベーコンのバター炒めは、得意料理でもなんでもない。
むしろあまり今まで作ったことがなかったかもしれない。
だけど、今日のこの日を境に一生忘れられない料理になってしまった。
これからきっと、この料理を作るたびに、わたしはきっと「かかの味だ!」と喜んだ息子の顔を思い出してしまう。
スーパーで量り売りの野菜売り場を見張っていた気持ちを思い出してしまう。
息子の手を繋いで、慣れないスーパーを歩く心細さを思い出してしまう。
「いい匂いがする〜」と、帰ってきた時の嬉しそうな夫の顔を思い出してしまう。

大人になった状態で、赤子のように初めての気持ちを体験できることは素晴らしいことだと思う。
だけど、わたしはいまとても孤独で寂しい。
慣れた自宅の台所が恋しい。
友人たちと一緒に餃子を包む時間が恋しい。
珍来のメンマが恋しい。
ファミチキが恋しい。
スーパータナカの、店内BGMが恋しい。

いまはただ、慣れ親しんだ暮らしが恋しい。
どうかそれを、贅沢な悩みだと笑わないでいてほしい。