はじまりはいつも雨。
- 2020.02.08
ハノイに到着した2月3日は雨だった。
あれから今日まで、こちらは曇りか雨。晴れ間が覗いた日がない。
「お誕生日は晴れたらいいね。」
そんなこと言って笑いあったけど、誕生日の今日もこちらは雨だった。
5年前の今日、わたしは母親になって。夫は父親になって。息子はこの世界の空気を吸った。
ハノイに来てから家にばかりいる。息子に声をかけても外出したがらない。
夫は6:20に仕事へ出かけて、19:30まで帰ってこない。仕事は月〜土の週6日。
聞いてはいたけど、実際暮らしを共にしてみるとハードだなと思う。
こちらに来てから、やたら息子が早起きだ。
早朝に起きて、テレビをずっと見ている。
見せているわたしに責任があるけど、不機嫌になられるよりも…と思ってつい甘やかしてしまう。
四六時中一緒にいるからか、八つ当たりをされたり・したりすることが増えた。
昼下がり、スーパーへ出かけた。
「ごはん、なんにしよっか。」そう呟くと「ぼく、肉じゃが食べたい。」と返事がきた。
スーパーを探すけど、めんつゆもほんだしもお酒もみりんも売っていない。
日本から送った航空便が届くのはもう少し先だ。
「ごめん、いまはまだ作れないや。ごめんね。」
「じゃあ、ぼくごはんいらない。」
えー、そんなこと言わないでよ〜。なんて、おどけて誤魔化しながら。手を繋いで、スーパーをぐるぐる回る。
「ねえ、家に帰りたい」泣き出した息子を抱っこして、自宅へ帰ろうとエレベーターへ乗ると
「ここじゃないよ!日本の家に帰りたい!」と、一層大きな声で泣かれた。
「うん、そうだね。そうだよね。でもこれからここできっと楽しいことあるよ。今日だって、お誕生日じゃん」
そう言うわたしも泣き出しそうだ。
「晴れないね。雨、降ってるね。」どうでもいい話をして家の中に入る。
夕飯の準備をしながら、気がつくとASKAの「はじまりはいつも雨」を口ずさんでいた。
〝僕は上手に君を、愛してるかい?愛せてるかい?〟
今日は誕生日なのに、家族みんなの誕生日なのに。わたしは上手に君を愛せてなくて、本当にごめん。本当に、ごめんね。
そう思ったら涙が出てきて〝こんな気持ちで今日の食事を作るのはだめだ。〟そう思ってベッドルームで横になった。
夫の帰宅を待って、再び買い物へ行く。
ケーキを買おう。そう言って近所でも美味しいと有名らしい、洋菓子店へ行った。
「ぼく、いちご!」楽しそうにケーキを選んで、大好きなコアラのマーチを食べても良いよと約束をした。
夕飯は、サラダとスープとパンという質素なものしか作れなかった。
君が生まれた日は、よく晴れた寒い日で。23:30の、8日が終わりに近づいた時にするりと出てきたんだよ。
生まれた日のことをやけに思い出すのは、そうでもしないと忘れてしまうからなのかもしれない。
来年の今日はどこで何をしているのだろう。
食卓には肉じゃがが並んでいるだろうか。
何もなかった今日の出来事を記しておきたいのは、そうでもしないと忘れてしまうからなのかもしれない。
それはきっと、これからはじまる楽しいことの合図なのかもしれない。