明日のこと、考えて。

  • 2020.02.12

ハノイに来て1週間が経とうとしている。
恐る恐る交わした「xin chào(こんにちは)」 はすでに懐かしくなりつつあるし、スーパーのお姉さんに教えてもらった「Tạm biệt(またね)」も笑顔で言えるようになった。

あるのは暮らしだけで、わたしはこれからここで〝できること〟をどんどん重ねていくんだな と思う。
それと共に、いままでの暮らしも本当はそうだったんだな。そんなことに気が付いて、毎日ちょっとだけ泣きそうになる瞬間がある。
世界はずっと変わらずそこにあって、いつだってひとりで勝手に右往左往しているだけなんだ。

こちらにきて、やたら文章を書いている。
日本語を喋る機会が少ないからかもしれない。時間があるからなのかもしれない。
とにかく、いろんなことを思い出したり、思いを馳せたりしている。

飾らないことを心がけても大げさになってしまう自分の文章を恥ずかしく思いながら、知り合いのいないこの暮らしに心地よさを感じ始めている。
わたしは今まで自分の焦点距離を勘違いしていたかもしれない。
もしくは、自分の中に新しいレンズが増えたのかもしれない。
今はただこの暮らしに身を任せ、時折気高さについて考えを巡らせながらのんびり過ごしたいと思う。

35年の人生の中で、異国に暮らすということは初めての体験である。
この日々が自分にどんな変化をもたらすのか、毎月セルフポートレートを撮影して観測してみようと思った。
きれいな光が差し込む部屋に三脚を立てていると息子がやってきた。
「ぼくがシャッターをおしてあげる!」
それならば。と任せてみると、着る服・アクセサリーの有無・髪の分け目・顔の角度から体の向きと、驚くほど丁寧に指示を出してくれた。
「ドアのほうをむいて、さむい日のことをおもいだして」
「すきなひとのこと、かんがえて」思いがけない指示が出てきて、なんだか感慨深くなる。
「かか、まどをむいて。」言われるままに窓を見る。
「そしたら。あしたのこと、かんがえて!」そう言われて撮ってもらった一枚の写真がとても気に入っている。
わたしは、今日のこの瞬間をきっとずっと忘れないだろう。

5歳のフォトグラファーは、驚くほどいい瞬間を切り取ってくれていた。
あまり好きじゃなかった自分の笑顔が、いままで見た中で一番かわいい顔をしていた。
わたしは、彼の前でこんな顔して笑っているのか。
そう思ったらこれからもなんとかやっていけそうな気がした。